インターネットの法と慣習 インターネットの法と慣習
ネットワークには固有の法律があるのではないか。HOTWIREDの連載をもとに加筆・編集された本。現在一番のお薦め。(記事)

« [mixi]P2P交流会、お疲れ様でした | トップページ | recommuniへの提案 »

2004.11.08

ドクターとプロフェッサー

教授や博士号を持つ人に対しては、"Doctor"もしくは"Professor"という肩書きをつけて呼ぶことが多い。
けれど、この二つの差は何なのだろうか。今まで、多分教授になったらProfessorなのだろうと漠然と思っていただけだったのだが、歴史的な経緯からも、この名称にはれっきとした違いがあるらしい。

今、"Professor"をつけられるのは、大学で正規の講座を持った教授と考えていいようだ。博士号そのものの必要性はあんまり無いようで、博士号を持っていても助教授では"assistant professor"だし、専任講師では"instructor"などと呼ばれている。

これはこの名称の成立過程にもよるようだ。以下はちょっと前にここでも取り上げた「大学の誕生と変貌」の中に書かれていたことである。

……領主や都市が年棒や宿舎を付与しはじめたことが、大学の歴史に及ぼした影響は我々の想像以上である。それは一部の者にしか与えられなかったから、与えられる者と与えられない者との間には一つの格差、ひいては身分的相違も生まれ、給与付きや宿舎付きの教師だけが完全な意味での教師と見なされるようになった。一六、七世紀頃からは彼らだけがプロフェッサーと呼ばれて、一般の教師(ドクターないしマギスター)と名称の上でも区別されたのである……(p108)

これはドイツの大学史の話だが、"Professor"になれてはじめて正教授として認められたという事情があったのだという。そして正教授として認められると、学部の管理運営その他の実権が得られることになる。また、大学の正教授の席は限られていて、かつ、入れ替わりもなかなかなかったので、本当に少数しかこの称号を得ることは出来なかった。

つまり、ドクターとプロフェッサーには身分的な差までつくような、立派な違いがあったわけだ。
プロフェッサーなのにドクターと呼びかけるとたまに不機嫌になる人がいると聞いたことがあるが、自分が教授だと認められていないように感じるということなのかな?

09:11 AM [書籍, 雑記 / 日々] | 固定リンク このエントリーを含むはてなブックマーク


トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/1828/1896930

この記事へのトラックバック一覧です: ドクターとプロフェッサー:

コメント

こんばんは。
ただの通りすがりです。

ためになる話でした。
私の感覚では、図書館は国家(国史編纂)と寺社(経典)のために発生したのかなと。その辺り西洋も同じだろうと。
知識人ギルドとありますが、洋の東西を問わず知識人は教団を作りそれを受け入れてくれる都市なり国家なりを求めて彷徨った訳で、古代ギリシャでも春秋戦国でも。
なんとなくいろいろ納得でした。

ありがとうございます。では。

投稿者: -den (Nov 9, 2004 11:15:54 PM)

ありがとうございます。
図書館についてはまだ調査中でしてなんとも言えないです(汗)

ただ、知識人ギルドについては面白かったですね。今他の文献にも当たっているところです。
春秋戦国というのは盲点でした。確かに当時知識人が弟子・食客を抱えて動いていたこともありましたし。

孔子については、国の宰相から役立たずだと思われて雇ってもらえなかったそうですが。(あん(「日」の下に「安」)子より)

投稿者: kira (Nov 10, 2004 11:14:02 PM)

コメントを書く