インターネットの法と慣習 インターネットの法と慣習
ネットワークには固有の法律があるのではないか。HOTWIREDの連載をもとに加筆・編集された本。現在一番のお薦め。(記事)

« ロージナ茶会 第二弾 | トップページ | インターネットと核攻撃(続) »

2004.04.14

インターネットは核攻撃に対処するためのネットワークなのか?

インターネットについてほぼ事実として語られていることの中に、「インターネットは核攻撃を受けてもネットワークが死なないようにするために、パケット通信という方法と分散管理ネットワークという考え方を利用している」という話がある。
しかし、本当にそうなのだろうか。これは神話なのではないだろうか。例えば「インターネットの起源」の冒頭では

テイラーは……ARPANETをスタートさせた当人だった。
プロジェクト発足の意図は全く平和的なもので、全米の科学関連の研究所にあるコンピュータを相互に接続し、科学者達がコンピュータ上の資源を共有できるようにすることにあった。

とある。

ちょっと調べてみると、インターネットで使用されているパケット通信という考え方は実は2つの経路からほとんど同時に誕生しているということがわかる。

一つ目は核攻撃によっても軍の指揮統制機能を失わせないようにするにはどのようなネットワークを構築すればよいかという立場からのアプローチである。
これはRAND研究所所属のポール・バランによって考案された。このテーマ自体はRANDにずっと存在していたものだったようだが、ポール・バランはデータを“メッセージ・ブロック”に分割し、分散ネットワークに流す仕組みを提案した。分散管理のシステムは“ホットポテト経路制御”と呼んでいる。 このアイディアは1964年の論文ではすでに明らかになっている。 ネットワークシステムの名前としては“分散適応型メッセージ・ブロック交換”とされている。

もう一つはデジタル式のコンピュータと交換技術の長所を生かして、遠距離間でも応答性が良く、対話式に高度な操作ができるコンピューティング環境を実現しようというアプローチから考案されたものである。
これは英国国立物理学研究所(NPL)に所属していたドナルド・デイヴィスによって考案されている。考案は1965年で、発表は1966年の公開講演なのでバランよりも少し遅れたことになる。ただデイヴィスはバランの事も、メッセージ・ブロックのことも知らなかった(公開講演の終わった後に国防関係者より教えられたという)。彼は公開講演においてブロック化されたデータを“パケット”と名付け、彼の方法を“パケット交換”と名付けた。

この2つのシステムはほとんど同じものでありながら別の流れをたどった。バランのアイディアはAT&Tに受け入れられずに表に出てこなかったのに対し、デイヴィスのアイディアはイギリスの遠距離通信業界で実験ネットワークを動かすことができたのである。

ではインターネットの前身であるARPANETはどこからでてきたのか。

ARPAの一部門IPTOの初代部長であったリックライダーは、時分割コンピュータを結んだネットワークを構想している。これは科学者のためのリソース共有ネットワーク「思考センター」のネットワーク構想として考えられており、軍事目的に関しては、「もし、はっきりと軍の必要が出てきたときには、臨時に (on an ad hoc basis) それに対応することにしよう」と書かれていた。リックライダーは軍事利用に対して拒否感を持っていたわけではないようだが、とりあえずARPAにおけるネットワーク構想のおおもとで軍事利用はメインで考えられていたわけではない。

ではARPANETの構想についてはというと、ロバート・テイラーによって進められている。彼の構想は、時分割システム利用者間の情報交換にあった。リックライダーがリソースの共有ということに重きをおいたのに対し、テイラーはコミュニケーションに重きをおいていたようだという。
また、テイラーがネットワーク構築の理由として語ったのは、研究やリソースの共有であるという。
そして直接の目的としてあげられたのは、「ARPAが助成をしている米国中の大学やそれ以外のコンピュータの研究現場を接続する」ということだった。

では、ARPANETでパケット通信が使われた理由は何だったのか。
担当であったローレンス・ロバーツが、回線を効率的に利用したネットワークということについて悩んでいた時、1967年のガトリンバーグ会議でロバーツははじめてデイヴィスのパケット通信のことを知ったという。そしてその時にバランの論文のことも教えてもらい、1968年にバランに会って、それ以降バランがプロジェクトに関わるようになった。
そうして、ネットワークの生き残りよりも回線の効率的な利用ができるということで、パケット交換が使われるようになったというわけだ。


こうみていくと、同じ技術を使っているとはいえ、インターネットが核攻撃に対処するために作られたというのはどこかがおかしい。
どこでこの話が有名になったかだが、これはTIME誌が1994年7月25日号でこの説を紹介し、それがメジャーになったと言われている。この記事に対してはテイラーが編集長に対して手紙を書いているのだが、その手紙は掲載されることはなかった。
そして、さらに一般向けにこの話が流布していったのだという。

パケット交換技術が核攻撃への対処のために作られたという表現は間違いではない。確かにRAND研究所でその目的を持って開発されているのだから。しかし、インターネットやARPANETに対してまで、同様の技術を用いているからといって同じ目的を押しつけるのは違うと思うのだ……。


なんでこんなことを書いたのかというと、このあいだNTTの偉い人の話で、インターネットは核攻撃に対処するために作られたって平然と言われていたからだ。私の知っている話ではそれはあてはまらないから、久しぶりにいくつかの本を読み直してみる気になった(笑)
これについて知りたい場合は、ジャーナリスティックなものとしては「インターネットの起源」、研究書としては「インターネットをつくる」かな。「インターネットの思想史」はリックライダー史といったほうがいいような内容だけど、この辺についてもある程度書いてある。リックライダーが与えた影響も大きいから、詳しく調べる場合には必須。
海外では"The Dream Machine"が必須とされているらしいが、こっちはまだ積んである状態なので私からは何とも言えない(苦笑) 誰か翻訳してくれたら楽なんだけどな。英語はただでさえ積んでるのが多いからなかなか手が回らない。


>>続く 「インターネットと核攻撃(続)

Abbate, Janet, 1999, "Inventing the Internet"(=大森義行・吉田晴代『インターネットをつくる――柔らかな技術の社会史』)
Baran, Paul, 1964, "On Distributed Communications"
Hafner, Katie and Matthew Lyon, 1996, "Where wizards stay up late"(=加地永都子・道田豪訳『インターネットの起源』)
Licklider, J.C.R., 1963, "Memorandum For Members and Affiliates of the Intergalactic Computer Network "
Waldrop, M. Mitchell, 2001, "The Dream Machine : J.C.R.Licklider and the Revolution That Made Computing Personal."
喜多千草,2003,『インターネットの思想史

12:24 AM [ネットワーク] | 固定リンク このエントリーを含むはてなブックマーク


トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/1828/437353

この記事へのトラックバック一覧です: インターネットは核攻撃に対処するためのネットワークなのか?:

» インターネットは核攻撃に対処するためのネットワークなのか? [彼女がWebデザイナーを辞めた理由 から]
ここでインターネットの始まりについてよく語られるあの話について疑問があげられています。 インターネットについてほぼ事実として語られていることの中に、「イン... 続きを読む

受信 Nov 29, 2004 8:44:07 PM

コメント

コメントを書く