インターネットの法と慣習 インターネットの法と慣習
ネットワークには固有の法律があるのではないか。HOTWIREDの連載をもとに加筆・編集された本。現在一番のお薦め。(記事)

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2003.12.16

正しいJASRAC擁護 → 著作権について

著作権の保護と関連したJASRAC批判文。論理的に書かれている分、面白い。
現行法においては著作権を守らなければならないのは当然だし、その上で、JASRACの運営体制を批判するというのは正しい方法だと思う。ただし、JASRACが絡むと裁判はなぜかJASRAC有利な判決に歪む可能性が高いという現状があるため、訴訟よりも法改正の方向で対策を進めなければならないだろう。
この辺については前に小倉さんがうちの掲示板(過去ログ:2002/04/18)で述べていた。


このファイルローグの件は、現行法の解釈論のレベルでは、差止め請求が認められてはいけないのだと、代理人の立場を離れてもそう思います。それはともかくとして、日本の裁判所は、JASRACが絡むとどうしてこうも論理がゆがむ(カラオケスナック、カラオケボックス、カラオケリースとも論理が極めていびつです。JASRACが絡まなかったスターデジオ事件において論理がゆがまなかったのと比べると好対照です。)のかというのは、誰か社会学的に研究してくれないかなと研究者の奮起を期待しています(どうですか?>綺羅さん)。

さすがに私にはこれを社会学的に研究するのは無理っぽいが(苦笑) 確かに権利団体と法との間で歪んでくる論理というのを研究してみるのは社会学的にも面白いとは思うんだが・・・相互作用論的な形になるのだろうか。これにDRM技術を含めれば、立派にSTS相互作用論の範囲かもしれない。(追記:STS相互作用論はさすがに使えるはずないか。自分でも何かいているんだか・・・)
そこにおいて権利団体の力というものを浮き彫りにできるかどうか、ということになるか・・・?結局アーキテクチャ支配側に偏っていく可能性も否定出来ないか。ふむ。こういう観点だと私の研究分野とも重なるな・・・。

ただ、私はあまり利用権問題にタッチするつもりはないので、その辺は火塚さんにお任せするとして(あとでメッセにでも送っておこう。最近あがってるの見ないが)、私はむしろ著作物の発展可能性の方に関心がある。
今ある著作物を利用してどんなものが作れるか、そしてそれを作る環境をどうやって与えていくかという点だ。だからCCをフォローしてきたし、CeMにも関わってる・・・。

%表題%の件に戻ると、私も著作権について許諾を得たりという行為は、現行法がある以上当然だと思う。そして著作権なんて知らないなんていうことを、著作権に十分に関わっている人間が言うこと自体に問題があるというのも思うかな。
先にも書いたが、インターネット時代に入ってしまった以上、今まではほとんど何の関係もなかった人間もサイトを持つのならそのくらいの意識は持たなくてはならなくなったと思うのだ。知らなかったと言ったところで、厳としてそこに法律はある。
慣習的に認められているという話をするのはわかるが、別に慣習と言うほど長い間やっていたわけでも、認められていたというわけでもないんじゃないか。それが文化に貢献してきたという面についてはわかるけれど、金を払わなくていいということにはつながらないと思う。法で許されている範囲ではないしな・・・。主張するので有れば、どれだけ貢献しているのかと言うことについてきちんと証拠立てて言うとか、そういう署名を大量に集めてみるとかその程度は必要だろう。(→ 署名活動はされているようだ
さすがに民謡教室を摘発するのはどうかと思うが。あれは勝手に著作権で囲っていいものではないと思うから。
それに対してライブハウス等で使われている楽曲は著作権管理体制ができたあとに作られた楽曲ばかりで、とりあえず「誰のもの」というのがわかっている曲ばかりだからな・・・。(音楽は先行著作物が発展してできているものだからそもそもオリジナルと言うことを問うこと自体がナンセンスだという話もあるがそこは置いておく)

別に私は現行著作権法絶対主義者じゃないし、むしろ現行著作権法は強力すぎるという立場をとっている。
主張としては、デッドコピーのみを保護するようにしてはどうかということかな。この際、上演等は営利目的であったら保護の対象になる。そのくらいはしないと著作者の生活が立ちゆかないだろうから。
ついでにいえば、権利も長すぎる。もっと短くしていいと思う。孫の代までというが(死後50年間にした時の論理)、なんで孫の代まで守らなければならないのか。

研究会でも結構話題になったのだが、一番の問題は、著作権が財産的な権利であるのか、それとも人格的な芸術的な権利であるのかということだろう。
財産的な権利であるのならば、その旨しっかり定めて使用料等を公正な形で決めておけばいい。もちろん、強制的な使用も可能にする(合理的な額の補償金は必要)。つまり、特許のような形にすればいいわけだ。あれはかなり合理的で使えると思う。(ソフトウェア・ビジネスモデルについてはもっと短い期間でいいと思うが)
人格的な権利であるというのならば、その点を重視して財産的な側面をはずしていいと思う。というか、財産的な面については著作者の生活が保護出来る範囲でとどめる形になるだろうか。あとは勝手に改変したりさせず、名誉毀損的な使用法をさせないなどの方策をとればいい。
現在の法が歪みやすいのは、時には財産権であると主張して侵害額がどうとかという話をし、時には著作権は人権だから永続的なものだという話をするという、都合のいい使い分けによるものだ。
そこをまず明らかにせねばなるまい。

そういう面で、私の主張は結構矛盾しているかもしれない(笑)どっちかといえば人格権的な形かな。
派生については名誉毀損的にはさせないという形にすれば・・・一応いいか?どうだろう。

まあ、色々考えてはいるが、結局こう思考としてはぐるぐる回ってる。
思うのは、意見を主張するのならばある程度論理的にする必要があるのではないかということ。そうでなければ受け入れて貰えないだろうと思うから。(そうであっても難しいかもしれないが)
もう一つは、感情的な意見でもいいから、そのときはとにかく人数を集めて圧力団体を形成することだろうか。ライブハウスからの徴収なんてもってのほか、そこは著作権法の範囲からはずすべきだという主張をしたいばあい、論理的なものが無くても数十~数百万の人間を集めれば、論理なんてねじまげられなくもないだろう。
一番いいのは、論理的なものを背後に持った上で、人数を集めて主張することだ。先頭に立った人間は撃たれて死ぬかもしれないけれど、法が変わって、国民の大多数が恩恵を得られる可能性がある。・・・その程度で著作者が食えなくなるとも思えないから、文化的な発展がなくなるということもなかろうと思うし。
撃たれて死ぬと書いたのは、まあ、こういう大規模な運動では首謀者が暗殺なんて言うのは結構ある話だからというだけだが。別に何の根拠もない。誰も死なない可能性の方が本当は高いはずなのだが。

とつらつらと考えたことを綴ってみる。事実誤認があったら指摘して欲しいかな。何も見ずに書いてるから、結構そういう点あるかもしれないし。

情報元:[Silphium]diary

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